最先端を行く音楽の都"Los Angeles"

【コラム】最先端を行く音楽の都"Los Angeles"  第4回「 日本で食えなかった自分がアメリカに来て食えてる理由 前編」

【コラム】最先端を行く音楽の都“Los Angeles” Yuki “Lin” Hayashi

第4回「日本で食えなかった自分がアメリカに来て食えてる理由 前編」

 

アメリカに来て最初にしたことは、とにかくライブを見に行くことと、ジャムセッションに参加することでした。

LAにたった1人だけいた後輩の車で、毎晩のようにいろんな場所へ連れて行ってもらいました。

それはもう刺激と試練の嵐でしたが、僕はその両方をバランス良く楽しんで過ごすことができました。

それは、アメリカに来た日から今日の今日まで続いています。

日本でもがき苦しんでいた自分が、このようなマインドになったのは、第1回と第2回に話した環境選びと物事の考え方が根本から変わったというだけではなく、今まで自分がコツコツやっていた点と点が一気に結び付き、それと同時に自分に本当に合っている場所(環境、人々)が見つかったことを実感したからだと思います。

そこからは、いろんな良い出来事が起こり始めました。

 

 

●一年かけて自分に何かを課す
まず、曲を知らないので、ジャムに参加すらできなかったのは、かなりの誤算でした。

日本でもジャムに行ったりジャムを主催したりしていたし、ある程度はイケると思っていましたが、まったく通用しませんでした。

ジャムでは、まず通称『Top 40』と呼ばれるアメリカのヒットチャートから、そのとき歌うシンガーがチョイスします。

日本でいうAKB48やジャニーズ、昔ヒットしたチャゲ&アスカやサザンオールスターズ等の曲を使ってジャムるようなものです。

そして、そのシンガーが歌いたい曲を知ってるメンツを、その場で集めてジャムるといったスタンス。

聞いたことのある曲ももちろんありましたが、ほとんど知らなかったのが現状でしたし、知ってても弾いたことがない曲がほとんどでした。

なので、僕がアメリカに来て最初にしたことは、”曲をひたすら覚える” ということでした。

ジャムに行った日は、必ず曲名をメモる、そして誰かが演奏してるのを録音するということを続けました。

曲を覚えて次またジャムに行ったときに、同じ曲のコールがかかったら必ず弾けるように準備しておくことをひたすら続けました。

そして、最初の一年で確実に300曲以上は覚えました。

 

1番勇気が必要だったGospel bass player Andrew Gouche主催のJam Session

 


フュージョンキーボーディストのDavid Garfield主催のJam Session

 


ベーシストHadrien FeraudのJamでは、Hadrienがドラムを叩いてましたが、その腕はド級に上手でした。

 

●幼少期に自然とやっていたイヤートレーニング
話は遡って、僕が音楽に目覚めたのは小学3, 4年生のとき。

家族にミュージシャンは1人もいませんが、リビングではラジオが常に流れ、子ども部屋では兄がCDラジカセからそのときに流行っていた日本のポップスを、車庫では親父が小さなラジカセでJazzや洋楽のポップスを聴いていたり、車の移動中はもちろんのこと、とにかく身の回りは音楽で溢れていました。

それはどこの家庭でも普通にあり得る話ですが、僕がちょっと変な男の子だったのか、普通の人が音楽を聴いてその曲の”歌詞”を口ずさむのと違って、僕はその曲の”ベース”パートを口ずさんだりして遊んでいました。

その低くてズッシリした低音が、なぜか子供のころ気になって仕方なかったのです。

そして、きっと誰かに教わったのであろう、その低い音が”ベース”という名前(パート)だということを知ると、家に一台粗末に置いてあった(家族で誰一人弾けないのに置いてあった)安い初心者用のキーボードにある”ベース”のボタンを押し、CDから流れてくるベースの音と同じ音をそのキーボードで探して弾くということを小学生のときにやっていました。

ベースの音が聞き分けられたり、左右に分かれたスピーカーから別々のパートが聞こえてくることに気づいたり、テレビでの演奏が”当て振り”であることも、小学生のときにすでに気づいていました。

 

 

●中学、高校のときのバンド経験
中学生のときに、初めてベースを購入しました。

すでに耳で音を理解していた僕だったので、そこからの成長は本当にあっという間でした。

“指板上のどこのポジションにどの音がある” だとか “実際の指の動かし方、音の出し方” 等は本やDVDを見て学ばなければ弾けなかったですが、それさえ分かってしまえばいとも簡単に弾くことができたのです。

技術的に難しくない限り、自分が覚えている曲なら頭から最後まで譜面も何も見ずに弾けましたし、ラジオからランダムに流れてくる曲も、そのとき初めて聴く曲であっても2、3回聞けば何となくコード進行を掴んで弾くことができました。

これはスポーツをする前に身体をReadyな状態にする武井壮さんの理論とまったく同じで、ベースを触ったこともない自分が約2, 3カ月でそのとき知っていた曲をたった少しの練習でいとも簡単に弾けるようになったのです。

この能力を活かし、高校生のときはコピーバンドを最大10バンドくらい掛け持ってました(地元にベーシストが少なかったというのも理由の一つですが)。

地元の楽器屋主催の高校生バンドバトルや音楽教室の発表会での伴奏など、ギャラこそ貰っていませんでしたが、今思うと僕の大量に曲をインプットする能力が備わったのはそのおかげでした。

幼少期にやっていた『遊び』が、とてつもなく効率の良いイヤートレーニングになっていたのだと、まさかアメリカに来て気づくとは思いませんでした。

 

 

続く

 

第5回を読む

 

【Profile】

Yuki “Lin” Hayashi

1983年生まれ、千葉県出身。音楽学校にて、Jazzセオリーを学ぶ。2005年、バンドでメジャーデビュー。バンド脱退後、2006年から2012年まで東京でスタジオミュージシャンとして活動。K、寺岡呼人、Nokko、久保田利伸、小柳ゆき、植村花菜等と共演。様々なアーティストのレコーディング、ライブやツアーに参加し、2012年10月からLos Angelesに拠点を移す。2015年から現在まで、毎週月曜に行われているLAで最も人気の高いライブミュージックイベント「SuperSoul Monday」のレギュラーベーシストとして参加中。デトロイト出身のシンガーソングライター/プロデューサーのJMSNが2016年にリリースしたアルバム『It Is』と2017年リリース『Whatever Makes U Happy』にベースで参加し、その後アメリカツアー、ヨーロッパツアー(ポーランドのOpener’ FestivalとイギリスのGlastonbury Festivalを含む)、そしてアジアツアーに参加。そのほか『Loud As Funk』という名の自身のバンドで、毎週日曜にJam Sessionを開催。2014年からスタートしたそのJamも、今では世界のトッププレーヤーたちが集まる注目のミュージックスポットになっている。

 

アメリカでの共演Artist:

JMSN (Live, Tour, Recording)

Melanie Fiona (Live)

Mario (Live)

Amber Navran from Moonchild (Live)

Tisha Campbell (Live)

John Mayer (SuperSoulMonday special guest)

Thundercat (SuperSoulMonday special guest)

Earth Wind and Fire (Album release party at Xen lounge)

Chanice (Live)

Michel’le (Live)

Chritopher Williams (Live)

Tom Browne (Live)

Elijah Blake (Recording)

Kamasi Washington (Live)

Leona Berlin (Tour)

 

Twitter
https://twitter.com/linbassman

 

Instagram
https://www.instagram.com/linboy363636/

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