ざっくりアメリカ

【コラム】ざっくりアメリカ 第8回「レーベルちゃん」

僕ね、アメリカでレーベルちゃんに20代のときに告白されました。

はい。

ずいぶん昔の話ですが、それから僕もいろいろありました。

 

レコードレーベルとか、メジャーなアレとかは、実際「突然、道を歩いていたら芸能人に告白される」みたいな感じです。

普通、あり得ません。

 

昔、とあるプロ野球選手が、ちびっ子からいろいろ質問されるイベントで、女の子が「野球選手のお嫁さんになるには、どうしたらいいんですか?」なんて、可愛らしい質問をしたら、「野球選手が遊びに行くようなところで、遊んでたらいいんじゃないですか」なんて、現実的な答えを発言されていたことがありました。

まぁ、でも、現実レーベルちゃんに告白されるには、そんな感じが正解だと思います。

こちらからも歩み寄る努力が必要ということですね。

相手にムカつくのは、付き合い始めたあとでいいです。

最初に、「ありがとうございます」くらいは言っておきましょう。

今後のために。

まぁ、いいや。

アメリカの話なので。

 

本題です。

「音楽」をやっている「輩」は、「レーベル」っていう言葉に「興奮」するのが普通です。

興奮しない人は、「レーベル」との付き合いに疲れちゃってる人だけです。

 

アメリカでは、「レーベル」は大きく分けて2つあります。

①協同経営者

「お金はないが、僕はいろいろなやり方を知っているから、一緒に協力しないか?」

②銀行

「貸した金は、利子付けて返してね」

 

たいていの場合、①がインディーと呼ばれ、そもそも「僕は印刷屋を経営しているから、CDの印刷がすごく安くできるから…」とか、「過去の職歴上、僕は業界のイロハを知っているから…」とかの人たちで、何かの事業を始めることで、将来的にお金がもうかると思っている人たちです。

 

たいていの場合、②がメジャーと呼ばれ、「君たちは稼げそうなので、お金を貸してあげるよ」のような感じです。

かのプリンスさんも、「レーベルは、音楽家を奴隷のように扱う」とおっしゃっていましたが、「銀行から借金をしたら、奴隷のように扱われる」と似たような感覚と、僕は認識しています。

 

両方とも、大手とか、中小企業とか、個人事業とか、①と②を含めたものとか、「すべてがちょうど良く完璧な感じのもの」とか、いろいろあるのでしょう。

でも、「すべてがちょうど良く完璧な感じのもの」は、僕は聞いたことがありません。

 

恋だってそうです。

「すべてがちょうど良く完璧な感じの人」なんていう「100点満点」の都合の良い人に告白されたいとか、告白された人のことをリサーチして「80点くらいの人」だから「マイナス20点の部分が嫌いだから付き合わない」なんて言っていたら、一生一人です。

そういう人は、自分で告白しなければ、一人のままです。

「65点くらいだけど、いつか100点になってくれる人」と信じて付き合って経験を積んだら、良いこともあるし、悪いこともあるし、自分自身の人生経験にもなります。

「告白される」って、そういうことです。

 

レーベルちゃんも一緒です。

実際問題として、人間が経営しています。

アメリカでは、英語をしゃべる人間がレーベル経営しています。

その中に、日本語ペラペラのヤツが一人でもいたら、ビックリです。

そんな人の存在を期待しないほうがいいですし、本当にそんな人がいたら、日本人ばっかりが集まるので、友達は日本人しかできません。

 

現在、アメリカでは、大手レーベルは「デモテープ募集」をほとんど行っていません。

逆に、「デモテープ送ってきたら怒るからな!」なんて注意事項がホームページに書いてある場合すらあります。

簡単に言うと、「デモテープ」を出して「自分で見つけたレーベルちゃんと結ばれる」という可能性が、ほぼゼロだということです。

 

だから告白してくれるレーベルちゃんには優しくしましょう。

レーベルちゃんから告白されたら、答えましょう。

「ありがとうございます」

 

でも、何かをしたら、「自分で見つけたレーベルちゃんと結ばれる」という結果も待っています。

一応、答えのすべては、今回までで書いたつもりですが、次回!!

それを解説します。

 

プロフィール

斉藤健太郎

ギタリスト。1974年生まれ。ベストヒットUSA等、80年代音楽テレビ番組の影響をモロに受け、アメリカ音楽に没頭。そんなこんなで、18歳のとき、米国西海岸の某音楽専門学校に入学するため、渡米。1年プログラムの米国音楽専門学校において、日本の常識と米国の常識の違いに戸惑って、自分の無能さに落ち込んだ挙句、一生懸命練習した結果、優秀生徒の一人として表彰される。その表彰状で、ニューヨークにある某音楽大学のジャズ科に、半ばハッタリを使って奨学金をもらい入学。在学中に、当時の有名ニューヨークジャズメンたちの切実な生活状況等々を目の当たりにし、「ジャズは、頑張っても売れない!」という理由で、ジャズ科の生徒2人を口説き、3人でパンクバンド(名前は秘密)を結成。唯一の日本人(英語に訛りがいっぱい)であるにも関わらず、ボーカルも担当。結成1ヶ月後あたりに、某インディーレーベルから、ほかのインストゥルメントプロジェクト(ジャズ)を買われた挙句、レーベルをちょっと騙してデビューアルバムを製作。ギターは、1日平均10時間くらい練習していたものの、歌なんて、ほとんど歌ったこともないのに、作ったデビューアルバムがアメリカCMJにて新作部門4位、全体チャート80位以内を記録。その後、調子に乗って、いろんなバンドで、米国、欧州、台湾、オーストラリア等をツアー。

現在は、OTONANA Trioを率い、2012年以降、5枚のフルアルバム発売。年間平均70回の興行をアメリカにて遂行中。

2017年は、グラミー賞受賞プロデューサーであるBob Cutarella氏を迎え、新譜の録音中。

公式サイト www.otonanatrio.com