レコーディング

【レポート】ピアノレコーディング レポート@サウンドスタジオノア下北沢店 ANNEX-2st

nb26_p4_1.jpg

長年オランダで演奏活動を行っているケンバニスト塚谷水無子さんが、新しくアルバム「Valentin Silvestrov Piano Works」を発売されました。このアルバムのピアノは、サウンドスタジオノア下北沢ANNEX-2stで録音されました。そのアルバム制作について、塚谷水無子さんご本人と録音時のエンジニア生形三郎さんのお2人にお話をお伺いしました。

nb26_p4_2.jpg

ピアニスト/塚谷水無子インタビュー
—今回発表されたニューアルバム「Valentin Silvestrov Piano Works」は、サウンドスタジオノア下北沢店ANNEX-2stで録音されました。どうして、そちらのピアノ、そして練習スタジオという空間を選ばれたのでしょうか。

nb26_p4_3.jpg

塚谷水無子(以下、塚谷):今回のアルバムの制作は、花火を地面からではなく間近で、しかも花火が炸裂する中をかいくぐって撮影した映像のような音を録音したい! というところからなのです。当初はホールかレコーディングスタジオで収録する予定でしたが、演奏する楽曲に相応しい楽器になかなか出逢えませんでした。とにかく響き、サスティーン、倍音、筐体鳴りまで含めてキレイに響くピアノを必要としていましたから。そんな中、日々練習で使っていたサウンドスタジオノア下北沢店ANNEX-2st のYAMAHA C7LAが実にいい響きであることを認識し、できればこのピアノで録音したい!となりました。部屋全体の音を収録する通常のやり方ではなく、ピアノの筐体がどのように響き鳴っているのかを考えながら録音しました。演奏も曲中の編集を一切排除しています。

nb26_p4_4.jpg

—アルバムの音を聴かせていただきましが、大変感激しました。すばらしい音ですね!

塚谷:ありがとうございます。作品の美しさ、サウンドスタジオノア下北沢店ANNEX-2stのピアノの美しさと楽器の持つパワー、そして空間がひとつになれたからこそです! それと、レコーディングエンジニアの生形三郎さんが期待以上のステキな仕事をしてくださいました。もちろんサウンドスタジオノア下北沢店のスタッフさんやNOAH専属の調律師さんも素晴らしいサポートをしてくださいました。

—楽曲は、ウクライナの作曲家 Valentin Silvestrov の作品ですが、この作曲家について教えていただけますか。

塚谷:1937年生まれのウクライナの現代音楽作曲家です。もちろん現在もご健在の方で、今回の収録が縁でいろいろと交流しています。ウクライナは、原発事故で被爆した経験を持つチェルノブイリがある国でもありますが、これまではソヴィエト連邦の歴史から隣国ロシアからの様々な圧力により、文化的に優れたものもなかなか世界に発信されることが少なかったのです。

—何とこの作曲家から塚谷さんに曲が献呈されたそうですね。

塚谷:はい。今回のCDをお聴きになって、2014年に作曲された
《Three moments (2014) for Minako Tsukatani》
という曲を献呈してくださいました。

—それは、すばらしいですね! また前作「J.S.Bach ゴルトベルク変奏曲 BWV 988」では、オランダで何とモーツァルトが実際に使用したパイプオルガンでレコーディングは行われたとか。
塚谷:オルガンを収録するときも、いわゆる客席の一番良い席からワンポイントステレオで狙うセオリー通りの収録方法ではなく、減衰音、残響音をいかにとらえるかにポイントをおき、オルガンのパイプ部を狙ったやり方で収録しました。教会の天井20mの高さまで吊り上げるマイクと、地面近くにセットしたマイクの位置を細かく変えながら音を決めていきました。マイクも、エンジニアのカスタムマイクで収録しました。日本チームもオランダチームも、エンジニア自身が音フェチを自認なさっているほどのこだわりがありました。リハーサルしていたときに、自然に人が集まってきて、リハーサルとして終わるわけにもいかなくなって、そのまま本番さながらに演奏したりもしました。

nb26_p4_6.jpg

—その土地にいらっしゃる方々の音楽に対する感心の高さがうかがえるエピソードですが、やはり演奏されている音が素晴らしかったのでしょうね。

塚谷:うれしいお言葉です。偶然美しい音色を持つ楽器に出逢えたおかげなんですよね。演奏家の力量だけでは、そんなふうにならないですよ(笑)響き豊かな会場では、天からふんわりと音が降り注ぐように音が聴こえますから、オーディアンスの皆様にはサプライズだったかもしれません。私はパイプオルガンも演奏するわけですが、対面する楽器ごとに、規模やキャパシティから時代様式まで、その特徴は十人十色。音を美味しく料理する方法も十人十色なんですね。

nb26_p4_prof1.jpg

塚谷水無子 プロフィール
東京藝大楽理科卒業後オランダへ。 ピアノと室内楽をヴィム・レーシンクに、パイプオルガン・作曲・即興演奏をヨス・ファン・デア・コーイに、 チェンバロをロベール・コーネンに師事。 アムステルダム音楽院、デンハーグ王立音楽院修士課程を首席で卒業。 17年にわたりロイヤルコンセルトヘボウ、オランダ国立歌劇場はじめヨーロッパ各地のコンサートに出演。委嘱作品の世界初演も数多く手がける。 NHK FMやTBSインターネットラジオ「OTTAVA」の番組出演はじめ、 国内外の新聞雑誌インタビュー多数。青島広志とのコンサートなど普及活動も精力的に手がけ、 古楽から現代音楽、ジブリまでレパートリーは多岐。 長年のオランダでの演奏家体験を織り交ぜた、 鍵盤楽器のスペシャリストならではの新感覚エッセイ 「ゴルトベルク変奏曲を聴こう!」(音楽之友社)を出版。日本人初のパイプオルガンによる録音のCD《ゴルトベルク変奏曲》(Pooh’s Hoop)は日経各誌で絶賛。 CD《聖なるパイプオルガン》《愛と祈りのパイプオルガン》《癒しのパイプオルガン》(キングレコード)、 《Whispering Winds第1集&第2集》(キングインターナショナル)発売中。
塚谷水無子ウェブサイト: http://www.minkotsukatani.net

レコーディングエンジニア/生形三郎インタビュー

—今回のレコーディングですが、終わってみていかがでしたか。

生形三郎(以下、生形):結果的にクラシックともジャズとも異なる録音スタイルになったと思いますが、「楽曲」「演奏」「録音」が必然性のうえで緊密に結びついた録音作品になったかと思います。実際、この音源を聴いていただいた方々からの「レコーディング」や「音」に関するご感想も多く、さらにはハイエンド・オーディオメーカーのリファレンス音源へ採用していただくなど、多くの方からたくさんのフィードバックをいただくことができました。

nb26_p4_5.jpg

—普段レコーディングなさっているホールでの環境と今回の練習スタジオとの違いを感じられたかと思いますが、いかがでしたか。

生形:とくにクラシック音楽では、ホール残響も楽器の一部であり、当然楽器自体もそれを念頭に設計されている部分も大きいと思います。しかしながら、だからこそスタジオでしか得られないピアノ自体の「ピュア」な鳴りが録り尽くせたと思います。そして、「練習スタジオ」という利点を最大限に活かし、演奏家とエンジニアの双方が、ピアノ個体の特性を録音前に徹底的に吟味し尽くせたことも、非常に重要な要素であったと思います。また、スタジオスタッフの方々が提供する「ホスピタリティ」は、熱気と緊張感が充満する濃密な録音セッションを最後まで支えていただいた、なくてはならない存在でした。

—ピアノそのものの音をとらえるうえで、機材選定について、とくに気を使われたことなどありましたか。

生形:まず前提として、レコーディングコンセプトに沿うよう、なるべく音への解像度や忠実度が高く、かつ機材固有のキャラクターを付与しない機材を選びました。そのうえで、下北沢店ANNEX-2stの「C7LA」が持っているキャラクターを考慮し、その魅力を効果的に捉えられる機材を選定しています。
ピアノ音像全体をフカンするマイクにシュアー(無指向性)とオーディオテクニカ(指向性)のコンデンサーマイク、低弦のディテール用にノイマン(指向性)のコンデンサーマイク、同じく高域のディテール用にカスタムしたオリジナルのリボンマイクを採用しました。マイクプリアンプ、オーディオ・インターフェイスはNOAHでもレンタルされているRME製で統一し、レコーダーシステムはファンレス仕様のオリジナルPCによるDAWを用いています。マスターフォーマットは、音響特性を考慮しPCM(192kHz / 24bit)を採用しました。マイクケーブルや電源ケーブルも、パーツから選定した自作ケーブルのみを用いています。

—レコーディング中、同じ空間で録音し確認していくわけですが、モニター環境等はどのように構築されましたか。

生形:普段仕事で使用しているモニタースピーカーとスタンドを、スタジオに持ち込んで構築しました。また、エンジニアのモニター用に複数のヘッドフォンも使用しています。当然、演奏中にスピーカーでプレイバックすることはできませんので、マイクセッティングは「録音→確認」という作業を繰り返して行いました。この手法は、セッティング時こそ上記のような冗長性が生じますが、録音時には楽器や演奏家のコンディションを同じ空間で常時体感しながら確認できることや、距離による信号伝送ロスを回避できることなど、その冗長性を上回るメリットを享受できるのも大きな魅力です。

—ミックスダウンについて、最も気をつかわれた点はどのようなことですか。

生形:やはり、レコーディングコンセプトに沿うよう、ピアノの響きがありのままの形で聴けるように留意した点です。とくに今回の録音はマイクを数多く使っているので、マイク間の位相の干渉や周波数特性のカブリを少なくすることが、録音における最大のポイントになりました。録音後にそれらを電気的に処理しようとすると、音質への副作用が非常に大きくなりますので、ミックス時に処理が最低限で済むよう、録りの段階で厳密なセッティングを行っています。実際、ミックス段階では、「残響付加」「残響調整」以外の処理はほとんど行っていません。

—マスタリングは、どうされたのでしょうか。

生形:マスタリングも、私自身が行いました。マスタリングにおいては、響きの減衰が完全に消えきるまでの、非常に長い余韻をすべて録音しているのが特徴かと思います。これも、この録音作品最大のユニークネスのひとつかと思います。また、音質調整に関しても響きの鮮度を第一に考慮し、微調整に留めています。演奏自体は、時間編集なしのすべて一発録りです。

—これからピアノ録音を検討されている方々に、アドバイス等ございましたらお願いします。

生形:ピアノ録音は、録音の基本にして最難関の楽器のひとつであり、非常に奥の深いものかと思います。演奏家のタッチだけでなく、サイズや鳴りの個体差など、ピアノそれぞれの個性や録音空間へのきめ細かな対応が必要です。また、演奏家自身も、そのピアノ自体のレスポンスを知り尽くしているほうが当然良い音が引き出せますし、優れた調律師との連携も欠かせません。その点で、「スタジオでピアノを収録する」という選択肢が持つ非常に大きな可能性を、今回私は改めて感じることができました。ホールでピアノ収録を考えている方も、「まずはスタジオで徹底的にピアノ録音に挑戦してみる」という方法論やステップは、作品制作にとって大変有益な手段となることは間違いないでしょう。

nb26_p4_prof2.jpg

生形三郎 プロフィール
光など視覚要素を含む電子音響イベントを主宰し、アサヒアートスクエアや世田谷美術館、フランス国立シャイヨー劇場などで電子音響を主体とした表現を試みている。ほかにコンテンポラリーダンスや美術家との共同作業や児童へのワークショップなども。主な受賞歴に CCMC2004公募部門最優秀作品賞、国際電子音響音楽作曲コンクールMetamorphoses2004(ベルギー)入賞・同演奏コンクール課題曲への作品提供など。現在、音楽之友社『月刊Stereo』などオーディオ誌の執筆やレコーディングで活躍中。
生形三郎ウェブサイト: http://saburo-ubukata.com/

サウンドスタジオノア下北沢店2st
http://www.grandpiano.jp/shimokitazawa/post_281/