音楽コラム集

【コラム】映画研究部NOAH 第22回 「グッバイ・アンド・ハロー 父からの贈りもの」

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○ジェフの葛藤を見事に描き出す「グッバイ・アンド・ハロー」
 この映画は、1991年4月にニューヨークで行われたティム・バックリィ追悼コンサートが開催されるまでの数日間を描く。このイベントは実際に行われたもので、ジェフ・バックリィのキャリアのスタート地点として知られている。シークレット・ゲストとして登場したジェフは、ここで初めて「ティムの息子」としてステージに立ち、音楽史に登場する。父の歌を4曲披露。父によく似た姿と、父に負けないインパクトのある歌声が、観衆の心をとらえた。それまで、ロサンゼルスでいくつかのバンドで活動しつつも父の名とは距離を置いて活動していた彼が、どんな思いでステージに臨んだのか。「グッバイ・アンド・ハロー」はジェフその人を中心に、その思いを描き出す。

 ジェフの父、ティム・バックリィは生涯2度結婚している。ジェフは最初の妻との間に生まれたが、ジェフが生まれる1ヶ月前に離婚。映画では身ごもった妻を残し、愛人を伴ってツアーに出、またツアー先で別の女をひっかけるという色男ぶり(ボンクラともいう)をみせつける。1960年代後半、ヒッピー文化が花開くフリーセックスの時代だったうえに、ティムはまだ若く、才能が有り余る若者だった。周辺に魅力的なものが溢れすぎている時代だったのかもしれない。もとい、ミュージシャンとしてはかなり革新的だった。1966年にフォークシンガーとしてスタートし、サイケデリック、ファンク、ジャズといった要素を貪欲に吸収していった。とくに彼は3オクターブ(一説には5オクターブ)にまたがる広い声域を持ち、自らの声をまるで楽器のように自由自在に操ってみせた。それがティム・バックリィの音楽を唯一無二のものにし、歌詞、言葉にとらわれない音楽の根源的な部分をあぶり出していた。ただし、同時代の聴衆に広く受け入れられていたわけでない。それでも生前、デビューから8年の間に9枚のアルバムを発表しているのは、同時代のミュージシャンと比べると多作なほうだろう。しかし、音楽に誠実に向き合えば向き合うほど、当時のいわゆる「売れる音楽」からは離れていった。時代の先を行きすぎたのだ。そのミュージシャンとしての誠実さが今を生きる我々の心を打つわけだが、逆の見方をすれば、それだけ創作意欲が爆発していながら、受け入れられないことでどんどん過激になっていったという見方もできる。1975年6月、ティムは、ヘロインのオーバードーズで死んだ。

 生まれる直前に両親が離婚したため、ジェフが父に会ったのは人生で2回しかないとされる。赤ん坊のころと、8歳のときに父の2番目の妻の家に遊びに行ったときだ。赤ん坊のころは覚えていないにしろ、すでに物心がついているころでさえ、父はスタジオにこもりっきりで息子の顔をろくに見なかったという。映画は、その父の追悼コンサートに出演をオファーされ、気持ちの整理がつかないままロサンゼルスからニューヨークにやってくるところから始まる。ジェフを演じるペン・バッジリーはその登場からジェフの複雑、繊細さを、無駄のない演技で表現している。見る人が見ると、きちんとジェフの動きのクセをとらえているとのこと。スクリーンの中で、歌い、ギターを弾くが、これはすべて口パクあてぶりなし。ミュージカル出演の経験もあるそうだが、実際にバンドを組んで活動しているバッジリーの力量はおそるべきものだ。父の痕跡をたどりながら、そして、父への葛藤と対峙しながらステージに立つ。父の歌を歌いながら何かが彼の中で変わっていく。バッジリーの歌声は、「ティムの息子」であることを少しずつ受け入れながらも、父を乗り越えていく瞬間を見事に描写している。ライブシーンはすべてカメラの前で実演奏されたもの。以前このコーナーで取り上げた「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」といい、最近の音楽映画は本当に音楽をわかっている人が作っているのが伝わってくる。かつては役者がギターのまったく違うフレットを押さえていたりしているのが当たり前だった。この映画も音楽映画のさらなる向上に一役買っている。映画はジェフのその後のキャリアを暗示して終わる。「ティムの息子」の登場は評判となり、複数のレコード会社が獲得に動いた。だが、ジェフは地道に活動することを選んだ。

○「グッバイ・アンド・ハロー」のその後

 母親の影響で幼いころから音楽に接して育ってきた彼は、少年のころ、レッド・ツェッペリンのアルバム「フィジカル・グラフィティ」に大きな衝撃を受けたという。その影響は、生涯「70年代で最高なのはツェッペリンだけ」と公言し続けたほどだ。彼はツェッペリンのようなバンドを組みたかったが、なかなかメンバーが決められずカフェでの弾き語りを続けていた。のちにコロムビアとソロ・アーティストとして契約しているが、それでも、ともに音楽を作り上げるバンドの存在は重要なポイントだった。カフェの片隅で、彼のトレードマークとも言えるテレキャスターを持って弾き語りをしている映像がある。そのなかで、元祖パンクと呼ばれる60年代のバンド、MC5の代表曲「キック・アウト・ザ・ジャムズ」を取り上げている。割と原曲に忠実な展開で歌っており、間の取り方やギターのかき鳴らし方で、彼の頭のなかではベースとドラムが鳴っているのがよくわかる。

 そんな彼ものちにベースにミック・グリンデル、ドラムにマット・ジョンソンという仲間を得て、念願のバンドを結成。同メンバーでスタジオ入りし、アルバム「グレース」を完成させる。「グレース」を聴いてわかるのが、ジェフはティム・バックリィの息子だが、音楽的な父はレッド・ツェッペリンであるということだ。とくにエレキギターとアコースティックギターの絶妙なブレンド具合と、ドラム、高音域でのスキャットなどにそれを感じさせる。”Last Goodbye”でのストリングスの入り具合なんかはとてもわかりやすい。録音は合宿のようにメンバー同士いつでも音を出せる環境を整えて行われたという。もちろん、もとの楽曲はジェフが作っているわけだが、延々とセッション、ジャムを重ねてバンド・アンサンブルの醍醐味を生み出すことに成功している。また「グレース」はバンド・サウンドを大きな柱としつつも、一方でソロ・アーティストとしての稀代の名演、”Hallelujah”も収録されている。90年代を代表する名盤なので未聴の方はぜひ一度聴いてみてほしい。

 その後のツアーの映像だと思うが、再びMC5の「キック・アウト・ザ・ジャムズ」を演奏しているものがある。今度はバンド・スタイルで演奏しているものだ。人によっては、弾き語りの方がいいと言うだろう。だが、やはり原曲に忠実でありながら汗だくになってひたすら熱く演奏している姿に、音楽に対するジェフの素直さ、純粋さがストレートに伝わってきて、見ているこちらも胸が熱くなった。残念ながらジェフは97年11月に事故死してしまうわけだが、彼がもし生きていたらどんな音楽を聴かせていたかとやはり考えてしまう。今は残された音楽を聴き込むことしかできないが、今回の映画「グッバイ・アンド・ハロー」が、ジェフを知らない世代に彼の音楽を伝えてくれることを切に願う。
(NOAHBOOK 高橋真吾)

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「グッバイ・アンド・ハロー 父からの贈りもの」 公開中
監督・脚本 ダニエル・アルグラント
出演 ペン・バッジリー イモージェン・プーツ
ベン・ローゼンフィールド ノーバート・レオ・バッツ
2012年/アメリカ/104分/カラー/スコープサイズ
原題 Greetings from Tim Buckley
配給 ミッドシップ
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