激音通信

【激音通信】vol.8「革ジャンは、男の正装。 革ジャンは、反抗、自由の象徴。」

「革ジャンは、男の正装。革ジャンは、反抗、自由の象徴。」

今でこそ、革ジャンにふわふわのスカートを合わせてみたりする女子が普通に街を歩く時代。これが30年前なら「3年B組金八先生」に出てくる暴走族のカノジョみたくなってしまうが、今はそうではない。女の子のかわいくなりたい欲求は、革ジャンの見た目に「かわいさ」を見出し、貪欲に取り込み、結果、革ジャンを去勢してしまった。女子力おそるべしである。だからこそ! 今、「男の正装としての革ジャン」について見直してみようではないか!

○ラモーンズ登場
ロック=革ジャンと言えば、この人たち抜きでは語れないだろう。それは、ラモーンズ。「革ジャンといえばラモーンズ」と言ってもいい。何せ、世界中のキッズたちが、革ジャンとTシャツ、ボロボロのジーンズというスタイルを真似したのだ。ルックスのみならずその音楽、性急な8ビートとストレートな3コードのロックンロールというパンクロックの原型まで作り上げたのだから、本当にすごい。その真似したキッズの中には、セックス・ピストルズやクラッシュといったバンドまで含まれるのだ。
ラモーンズは、もともとニューヨーク・ドールズの追っかけをやっていたファン同士で集まったバンドだった。ドールズといえば、ギラギラのグラム・ファッションとドラァグクイーン的なメイクという、どぎついルックス。で、ありながらストーンズ直系の泥臭いロックンロールを演奏するという特異なキャラでスキモノの間で人気を博した。ラモーンズ結成の中心人物であるジョニー・ラモーンは、ドールズに傾倒しつつも、もっとシンプルな、無駄を極限までそぎ落としたロックンロールを志向していた。彼は、楽器をやったことがない連中が集まったから、自然とシンプルになったという趣旨の発言をよくしていたが、これをそのまま信じるわけにはいかないだろう。
なぜシンプルを目指したかというと、1974年バンド結成当時は、ロックバンドといえどもジャズプレイヤーのように延々とソロを回し続けたり、クラシックでもないのに30分かけて1曲を演奏したりしていた。ロックというジャンルの中で、複雑化と細分化がどんどん進行していたのだ。そんな中で、ラモーンズは大胆にも、チャック・ベリーやエルヴィスのような、3分以内で終わる原初のロックンロールの姿を取り戻そうとした。ルックスもシンプルで流行に関係のないスタイルを選んだ。革ジャンとジーンズだ。革ジャンとジーンズは、1950年代の反抗のアイテムで、当時の十代男子の雑多な文化、すなわちロックンロール、ドライブインシアターで見るB級映画、車、バイク、女の子とのデートといった要素の中の一つだった。70年代前半と言えば、グラムファッションや長髪にヒゲ&ベルボトムなどの時代。確かに流行とはズレまくりだが、これが見事にラモーンズの音楽にはまった。74年のデビューから96年の解散まで、数々の変化を遂げつつも8ビートと革ジャンという基本のフォーマットは守り続けた。ラモーンズは革ジャンを1950年代からよみがえらせ、ロックの反抗の証にしたのだ。

○バイカーと革ジャン
ラモーンズがあえて選んだ革ジャン。1950年代に革ジャンが反抗のアイテムとなった経緯もおもしろい。革ジャンはそもそも、「ライダース・ジャケット」と呼ばれるとおり、バイク乗りが、雨風や転倒による怪我などから身体を保護するためのものだ。アメリカでは20世紀初頭からバイク産業が盛んだった。全米各地にモーターサイクル・クラブが存在した。これらは全米各地で開催されるバイクレースに参加する選手たちの集まりだった。バイクレースはお祭りなどの目玉として開催され、その回数も増える一方。そのため、各地のレース開催のとりまとめ役として、1924年に全米モーターサイクリスト協会(AMA)が設立された。
しかし、いつの世にもはねっかえりはいるものである。AMAの存在やルールを無視して、公道で堂々とスピードレースを繰り広げる「アウトロー・バイカー」のクラブも次々と生まれた。初期のアウトロー・バイカーは乱暴な走り屋、スピード狂という趣の集団だった。しかし、第二次世界大戦が終結した1945年以降、戦地から復員した若者たちが、戦場のような危険とスリルを求めて、続々とクラブに加入。徐々に無法者集団という性格を持ち始める。
1947年、カリフォルニア州ホリスターでのAMA公認のラリー開催期間中、一部のアウトロー・バイカーが喧嘩や乱闘、公共物を破壊するなどして暴れた。これをLIFE誌が、「ホリスター暴動」として、まるで町が壊滅したかのように取り上げた。記事内のビールを飲みながらバイクにまたがって酔いつぶれているバイカーの写真が、「バイク=悪」のイメージを強烈に印象付け、健全なレース運営と、バイク産業への悪影響をおそれたAMAは、「99%のライダーは法を守っています」とコメントした。これを逆手に取り、アウトローたちは「残りの1%」=ワンパーセンターを自称するようになった。彼らが身につけるクラブチームのエンブレムがペイントされたライダース・ジャケットは、不良が着るもの=反抗のアイテムとなっていったのだ。ワンパーセンターは現在でも通用する言葉である。もしあなたが海外に出かけて、いかついバイカーの革ジャンに「1%er」というパッチを見つけたなら、絶対に目を合わせないほうがいい。そいつを倒せるのは服が必要なターミネーターだけだ。
戦後のバイカー増加を受けて、1948年に世界で最も有名なアウトロー・モーターサイクル・クラブであるヘルズ・エンジェルスが結成される。1953年に彼らのようなアウトローバイカーをモデルにした映画「乱暴者(あばれもの)」が製作・公開された。原作はホリスター暴動を基にした短編小説。主演のマーロン・ブランドが身にまとっていたブラックレザーのライダース・ジャケット、ブルージーンズ、エンジニア・ブーツというバイカー・ファッションが、あまりにもカッコ良かったためにティーンエイジャーの注目を集めた。このわかりやすい反抗のスタイルが、主に男子を中心に世界的に大流行。革ジャンは1950年代を代表する「反抗的」ファッションとなったのである。大西洋をはさんだイギリスでもその影響は大きく、当時のロック少年が集まって結成したビートルズでさえ、初期はリーゼントに革ジャンのスタイルで演奏していた。

○ロックな革ジャンはこの映画でチェック!
「乱暴者」と並んで革ジャンがカッコいい映画をいくつか紹介しよう。
まずは1966年製作・公開の「ワイルド・エンジェル」。アメリカ映画界にその名を轟かせる、「低予算映画の帝王」ロジャー・コーマンが自らメガホンをとったバイカー映画だ。ヘルズ・エンジェルスのメンバーであるバイカーたちの無軌道っぷりが炸裂している、大変にロックンロールな映画だ。主演は自身もバイク乗りであるピーター・フォンダ。主要なキャスト以外は、すべて本物のヘルズ・エンジェルスをエキストラとして使っており、冒頭、仲間同士で盛り上がっているシーンは、エンジェルスとはコンマ1秒もお友達になれることはないなと痛感する。フォンダが着ている上から下まですべてブラックレザーで統一したスタイルが、長身で細身の彼によく似合っていて大変カッコよろしい。
そのフォンダが、同じコーマン門下生のデニス・ホッパー、ジャック・ニコルソンらと組んで製作したのが伝説的バイカー映画「イージー・ライダー」。バイクに乗った若者2人が南部を目指して旅をし、アメリカという国が持つ歪みに直面し、敗北する様が淡々と描写される。ひたすら暴力と青春の「ワイルド・エンジェル」とは一線を画す新しい映画だった。ここでフォンダが着用する革ジャンは、シングルの衿、背中にはアメリカ国旗が縫ってあり、アクセントにトリコロールカラーのストライプが走っている。有名革ジャンメーカーから復刻デザインの革ジャンがリリースされているが、それには背中のアメリカ国旗がない。
ラモーンズがらみでは、コーマンがプロデュースした1979年の「ロックンロール・ハイスクール」がまずは必見。学園コメディもので、ラモーンズが大好きな女の子がロックを禁止しようとする学校と戦うのだが、そこにラモーンズが応援に駆けつける。ライブ・シーンやメンバーがまじめに芝居しているシーンもあり、クライマックスは不思議なカタルシスを感じさせる。おすすめです。
蛇足かもしれないが、ぜひ観ていただきたいのがローリング・ストーンズの映画「ギミー・シェルター」。1969年11月に行われた北米ツアーの記録映画だ。ツアーの千秋楽にストーンズは、カリフォルニア州オルタモント・スピードウェイでの無料コンサートを用意した。このコンサートは複数のバンドが出演し、グレイトフル・デッドのメンバーとマネージャーによって用意された。地元警察の人員が足りないので、デッドと親しいヘルズ・エンジェルスがステージ周辺の警備を担当することになった。コンサート当日。エンジェルスはステージ上で威嚇するかのように振舞い、文句を言う奴は出演中のミュージシャンであろうとぶん殴って気絶させた。また、エンジェルスに気に入られたいイキがった連中が、ステージ下でわざと乱闘を起こして、ヒッピーをボコボコにしていた。暴力に支配されたコンサートは混沌を極めた。ミックはステージ上で状況をコントロールしようと健闘した、ストーンズの演奏中、理由は不明だが客席でミックに拳銃を向けた麻薬の売人が、エンジェルスに刺殺された。この事件は「オルタモントの悲劇」としてロックの歴史にも残る。事件後、フィルムの編集室で「俺たちのバイクに触ってみな、トラブルが起きるだけだぜ!」と息をまくエンジェルスのリーダーの声を聞きながら、「上出来だよ」と苦笑いするチャーリー・ワッツの表情がなんともいえない。

(文:高橋 真吾)

このコラムは、激ロック内で掲載されているサウンドスタジオノアのコラム「激音通信」です。
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