激音通信

【激音通信】vol.7「ライブ・パフォーマンスが政治的な意味を持った時代〜後編」

「ライブ・パフォーマンスが政治的な意味を持った時代〜後編」

(前回からの続き)
強烈なライブ・パフォーマンスが、真意はともかくそのバンドの政治信条ととらえられ、音楽そのものの流れを変えてしまうことがある。今回はドアーズ後編! 稀代のカリスマ、ジム・モリソンは、何を掴もうとしたのか!

○困惑の1年間
1967年12月のニューへイヴンでの事件のあと、1968年に入ったあたりから、ジムは急ピッチで酒の量が増えていきバンド内に不和が生じ始める。大酒飲みの取り巻きをひきつれて、レコーディングスタジオでも常に酔っ払っていた。メンバーが酒をやめさせたくても、取り巻きやグルーピーが酒を用意してくる。ジムに取り入って、バンドから独立させようとしているマネージャーが、ジムへのおべっかで酒を持ってくると、メンバーは即刻マネージャーを解雇した。それでもジムは泥酔した状態でステージに上がり、ドラムのジョンが怒ってステージを放棄する出来事も起きた。このときはレイがギターを弾き、ジムが数曲のブルースを歌ってお茶を濁した。
一方で、ドアーズは初のヨーロッパツアーを成功させるなど、勢いは衰えなかった。動員数は、うなぎのぼり。会場の規模も、どんどん大きくなる。同時にジムの不満、ドアーズの音楽は聴衆に理解されていないという気持ちも大きくなっていく。自分たちのコンサートでありながら、観客にイニシアチブを握られているように感じていた。そんなジムの焦りとは裏腹に観客が期待しているものは、彼らがニューへイヴンで見せたような「見世物」だった。1968年12月、LAフォーラムのコンサートで、ジムは「ハートに火をつけて」を何回もねだる観客へのあてつけに、長い詩を暗誦してステージを切り上げた。彼の不満は限界に達していた。そこで彼は、状況を打破する答えを求めて、劇団リヴィング・シアターの公演を見に出かけた。

○リヴィング・シアター
フランスの俳優にして詩人、アントナン・アルトーは、ガムランの演奏やケチャの唱和にあわせた俳優の動きによって物語を表現するバリ島の演劇に大きな衝撃を受けた。そこで、戯曲、セリフありきの形式を捨て、俳優の動き、音楽、照明、時にはその場にいる観客の存在をも含めた総合芸術としての演劇、「残酷演劇」を提唱した。(かつてUCLAで映画学科に通っていたジムは、「残酷演劇」の信奉者であり、彼のステージアクトに影響を与えた可能性は充分にある。)その「残酷演劇」を実践するためにアルトーの弟子たちが結成したのが、劇団リヴィング・シアターだった。この劇団の演劇に触れて人生観が変わり、メンバーに加わった人間は何人もいた。ジムは、何が観客を巻き込み、価値観まで変えさせてしまうのか、興味津々だった。1969年2月、ジムはリヴィング・シアターの新作「パラダイス・ナウ」を観劇した。
この演目では、観客も作品の一部として取り込まれる。役者はあらかじめ客席に待機し、開幕と同時に法や秩序、抑圧といった、人間としての自由を奪われることへの怒りを客席から口々に叫び出す。「我々は天国から締め出されている!」「自分の意志で動くこともできない!」「国境に縛り付けられている!」観客を挑発し、その言葉への返答をうながす。飛び出す言葉に会場全体が過熱する。役者たちはステージ上に集まり、叫び、いっせいに服を脱ぎ始める。「服を脱ぐことすら許されない!」もちろん、それはギリギリで露出を抑えたパフォーマンスなのだが、ジムが見ていた公演では警察の干渉によって上演がストップした。「パラダイス・ナウ」でリヴィング・シアターが目指したのは、舞台上で完全なる自由を獲得する革命を起こすことだった。ジムは、自分が求めているものをそこに見つけた。

○マイアミ事件
1969年3月1日土曜夜。フロリダ州マイアミの巨大なコンサート会場。7千人が定員の会場には、欲を出したプロモーターによって1万2000人が詰めこまれていた。アメリカ東海岸ツアーの初日。観客を1時間待たせて、メンバーがステージの定位置につく。ジムは明らかに酔っていた。レイの合図で「ブレイク・オン・スルー」のイントロが始まる。しかし、ジムはステージの端にいて、一向に歌おうとしない。
イントロの演奏だけで10分が経過し、音が止まった。ステージ中央に進むジム。マイクを取り、おもむろに叫んだ。「俺は革命の話をしてるんじゃない、街頭のデモの話でもない、楽しもうぜって言ってるんだ!」観客は不意を突かれて動揺、ざわめきが起こる。バンドは別の曲を始めた。ジムは歌詞の数行を歌うと、すぐに脱線。「おまえらはどうしようもない奴隷だ! 奴隷であることに甘んじている。それについてどう思う? お前らに何ができる?」ドラムのジョンは、それがリヴィング・シアターの受け売りであることに、すぐに気付いた。だが、観客にはわからない。観客たちは、ジムのアジテーションに応える。興奮したファンが次々にステージに駆け上がる。蛍光塗料の缶が投げ込まれ、酒がぶちまけられる。それを浴びた彼は濡れたシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になる。「お前らは、俺のものを見に来たんだろ? 見たいんだろ?」熱狂した観衆は歓声を上げる。「パラダイス・ナウ」で見たように、ジムはベルトのバックルに手をかけ、外そうとした。しかし、すぐにツアーマネージャーが止めに入った。ジムは、普段、レザーパンツの下に下着を履かないが、その夜は履いていた。最初から狙ってやっていたのだ。ストリップは未遂に終わったが、興奮した観客はどんどんステージに上がってくる。重みに耐えかねたステージのやぐらの端が崩れた。「俺は世界を変えようとしている人々に会った。俺もここから旅立って、世界を変えてやりたいんだ!」会場は完全な騒乱。ジムは警備員に、暴徒と間違えられてステージから小突き落とされた。観客に紛れ姿を消すと、会場を見下ろすバルコニーに現れて眼下の騒ぎを眺めていた。プロモーターの判断でコンサートの終了がアナウンスされると、メンバーは楽屋へ引き上げた。40分ほどしか経っていなかった。しかし、警官を含めたその場にいた全員が、今起こったことについて興奮気味に話していた。客が引いた会場には、おびただしい数の下着が散乱していた。それだけ多くの若者が下着も付けずに夜の街に帰っていったことに、スタッフは驚いていた。その夜のパフォーマンスは、ジムにとっては久しぶりに満足のいくものだった。
ところが、世間の反応はバンドの楽観的なムードを一気に地の底まで陥れた。3月5日、ジムは「猥褻で挑発的な行為」「恥部露出」「公然冒涜行為」「泥酔」の罪でマイアミ市民から告訴された。「下着も付けずに興奮した様子で帰宅したわが子を見て、驚いた親たちが地元の有力者に告げ口した」ジョンはそう推測している。新聞、地元の公安局、カソリックの団体や保守系の団体が一様に反ドアーズのキャンペーンを張り、「純潔を守る集会」なるものまで開かれた。マイアミの動きを受けて、ニクソン大統領が「マイアミ市民の勇気を支持」とコメントを発表。それにならって各地の有力者たちが圧力をかけ、夏までに予定されていた25件のコンサートが各公演先から次々とキャンセルされた。全米のマスコミも、このネタに食い付いた。FBIからも告訴され、ジムは出頭。保釈金を払った。夏に出したアルバムの売上は、裁判の準備費用で消え、ライヴができないので収入がない。バンドはジリ貧に追い込まれた。ドアーズは完全に干された。

○堕ちた偶像
なぜ、保守派の反ドアーズの風潮がこんなに拡大したのか。結論から言ってしまえば、世間は革命など欲していなかったのだ。1960年代のカウンターカルチャーは、公民権運動とベトナム反戦運動の盛り上がりとともに発展した。そして、過激化していった。多数のアメリカ人にとって戦争はウンザリだったが、デモや暴動にはもっとウンザリだった。多くのアメリカ人にとって革命を訴えるミュージシャンなど、言語道断だったのだ。逆に言えば、ジム・モリソンにその意図はなかったとしても、彼のパフォーマンスは立派な政治声明と受け止められたのだ。1960年代後半に生まれたヒッピーカルチャーは、1970年代を迎えて急速に衰退するが、これは何もジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリンという時代を代表するスターの死だけではなく、ニクソン政権の取り締まり、締め付けがあってこそだった。ドアーズはその後、アルバムを2枚発表し好評を得たが、ライブは相変わらず制限された。ジムの精神的な消耗は明らかで、70年の暮れにライブ活動からの撤退をバンド内で決定した。ジムはマイアミの件で有罪となったが、1971年、控訴審開始前にパリで死亡した。
2010年12月8日、ジムの67回目の誕生日。マイアミ知事はジムの有罪に関して恩赦を発表した。ジムの妻とされるパトリシア・ケネディーは、「そもそもの告訴が政治家の人気取りによって行われたものだ。今回の恩赦は当然であり、また人気取りに利用されていることが不快だ」と表明している。
(終)

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もはやスタジオでの生の姿も、ライブとして成立する時代!

(文:高橋 真吾)

映画研究部NOAH 第17回 「ドアーズ」は、下記ページに掲載されています。
http://book.studionoah.jp/2013/04/noah_17.shtml

このコラムは、激ロック内で掲載されているサウンドスタジオノアのコラム「激音通信」です。
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