激音通信

【激音通信】vol.3「激なドラマー、チャールズ・ヘイワードとディス・ヒート」

「激なドラマー、チャールズ・ヘイワードとディス・ヒート」

激音通信、早々と3回目!
今回、紹介するのは孤高のドラマー、チャールズ・ヘイワード。いきなり名前を出してわかる方は、少ないかもしれない。しかし、メインストリームの音楽業界からは距離を置いた、インディーズ活動の先駆者の1人であり、安易なジャンル分けを拒絶する音楽スタイルを特徴としている。
ヘイワードが頭角を現したのは1970年代初頭。フィル・マンザネラのグループ、クワイエット・サンのドラマーとして表舞台に登場した。ジャズを基調としたプログレッシブ・ロックのバンドだったが、マンザネラがロキシー・ミュージックに加入することになり活動休止。ヘイワードはフリーの身となるが、すぐにギタリストのチャールズ・バレンとデュオを組む。ドルフィン・ロジック(現在活動している同名グループとは別)と名乗ったそのデュオは、スタジオで様々な音響実験を繰り返した。1976年になって、ガレス・ウィリアムズが2人に合流。なんとウィリアムズはその時点では楽器が弾けなかった。普通の感覚でいくと、かなりのチャレンジ。それでも、ウィリアムズが持つ柔軟な感性を2人は必要としたのだ。バレンのギター、ウィリアムズのベース、ヘイワードのドラムという3ピースバンド、「ディス・ヒート」がここに誕生した。

彼らの活動はドルフィン・ロジックの延長線上にあり、実験と実践の繰り返しだった。デビュー前のインタビューを読んでみると、音楽へのアプローチの仕方が、ロックというより現代音楽や電子音楽に近い。基本的にはフィジカルに演奏するバンドではあるが、ライヴやスタジオでのリハーサル、セッションをすべてテープに録音する。それを徹底的に聞き返し、検証していくのだ。その音源から数小節を抜き出してテープ編集でループを作成、さらに音を重ねたり、「ダブ」の手法を導入してエフェクトをかけたり、回転数をいじったりと、とにかく自分たちの音を解体しまくった。そうして完成した一部の音源は、ライヴのバッキングトラックとしても使用された。
1970年代当時、彼らが選んだ手法は、35年かかって、今では一般的なものとなっている。マルチ・トラックのセルフ・レコーディングも小さな機材で簡単に行えるようになったし、ライヴでは自ら演奏した音源をリアルタイムでループさせたり、サンプリングすることもできる。あらかじめ用意したトラックとの同期演奏などはプロ、アマ問わず取り入れている。音楽そのものと、演奏するプレイヤーとの新しい方向性を、35年前に既にディス・ヒートが指し示していたと言っていい。

そんな彼らなので、アルバムの完成までにも時間がかかった(本人たちに言わせると「スタジオの空き時間を使わせてもらってたから時間がかかった」)。フライング・リザーズのデヴィッド・カニンガム、スラップ・ハッピーのアンソニー・ムーアの助力を得て、ピアノ・レコーズから1stアルバムが出たのが結成から3年後の1979年。ジャケットには青一色の片隅に手書きのような黄色い書体でただ”This Heat”と書かれていた。

アルバム冒頭、テスト用のシグナル音に導かれて始まる”Horizontal Hold”の強靭なリズムを聴けば、チャールズ・ヘイワードがプログレ人脈の中で培った経験を感じることができる。しかし、アルバムを通して聴くと、3人が対等であり、決してそこがバンドサウンドの目玉ではないことがわかる。そして、ソリッドなギターとベース。しかも、パートも厳密に決められているわけではないので、3人が3人、そのとき必要なパートを演奏している。そして同時代に活動していたイエス、エマーソン・レイク&パーマーなどのメインストリームのプログレ・バンドとは異なり、その独自性の強い音楽はヒリヒリした緊張感を発散させていた。
1980年、パンクの影響でネガティブな表現がカッコいいとされる風潮のなかで馬鹿みたいにポジティブなシングル”Health and Efficiency”をリリース。レーベルも80年代のポストパンク/ニューウェーブシーンをリードすることになるラフ・トレードに移籍した。後にラフ・トレードはヘイワードと同じ、プログレ人脈のロバート・ワイアット(元ソフト・マシーン、マッチング・モウル)の作品もリリースしている。絶滅寸前の恐竜とパンクロックに揶揄されたプログレが、実はポストパンク/ニューウェーブのオリジンであることを物語っている。

その後、1981年になって2ndアルバム”Deceit”を発表する。1枚目よりも歌モノの比率が高い。”Deceit”とは「詐欺」と訳される単語。歌詞には吸収したキッツイ皮肉が炸裂していて、その言葉を圧倒する音がさらに強烈。1枚目のアルバムを、実験結果の報告書とすると、2枚目はその成果を踏まえた上で作り上げたロック・アルバムという趣だ。
日本人として気になるのが、”Hi-Baku-Shyo(Suffer Bomb Desease)”という曲。文字通り「被爆症」というタイトルを持つこの曲には歌詞はなく、風かうめき声をおもわせるエフェクト音をバックにチャルメラのような音が淡々と流れるだけだ。「曲」という体裁も特にない。6分ほど経つと唐突に終わる。いわゆるサウンド・スケープ的なアプローチだ。アルバムジャケットには原爆のキノコ雲がコラージュされているが、聴くたびに背筋が凍るトラックだ。
“Deceit”完成後、ウィリアムズが脱退する。ディス・ヒートは、ベースにトレヴァー・ゴロンウィーを加えたツアーのあと、1982年に活動を停止した。

その後、ヘイワードはいくつかのサポートを経て、ゴロンウィー、エンジニアのスティーヴン・リッカードとキャンバーウェル・ナウを結成。”Deceit”よりもロック的にストレートな表現が増え、聴きやすいと感じる人も多いかもしれない。5年ほどの活動で解散。以降はソロ活動に入り、現在は来日公演も度々行っている。サポートを加えたバンド編成から、テープ操作をしながらドラムを叩くという完全なソロ演奏まで、まるで限界などないかのように活動を続けている。
チャールズ・バレンは、「ディス・ヒートとは、この3人と、3人による作品につけられた言葉」と言った。ほかのアーティストとのコラボレーションはディス・ヒートではない、という意味で答えた言葉だが、それはディス・ヒートの実験精神、またはジャンルを無意味にしてしまう独自性を指す言葉とも言えるだろう。パンクにも聞こえるし、プログレにも聞こえるが、そのどちらでもない。そもそも、ジャンルとは評論家やDJ、レコード会社がレコードを売るための目安に使い始めた言葉だ。ディス・ヒートの音楽に接すると、自らの表現に真摯であることの重要性を再確認させられる。

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NOAH College
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http://www.studionoah.jp/

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http://rec.studionoah.jp/

ではまた次回!

(文:高橋 真吾)

このコラムは、激ロック内で掲載されているサウンドスタジオノアのコラム「激音通信」です。
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