音楽コラム集

【コラム】ミュージシャンのための英会話 #17「英和辞書にないことば」

 現在、ダニエル・ラノワの『ソウル・マイニング』(みすず書房より2013年春刊行予定)の翻訳をしております。彼は、U2の『ヨシュア・トゥリー』やピーター・ガブリエルの『So』 などをプロデュースしたカナダ人です。高校時代から自宅の地下室ですでに数百枚のアルバムのレコーディング/プロデュースをしていたという話から、ブライアン・イーノとの出会い、ボブ・ディランとの確執など人間関係の話だけでなく、使用した録音機材や録音方法の説明、そして録音場所(映画館や図書館や居間)の重要性など、興味深い話が満載です。私がとくに気に入ったのは他人をプロデュースするとはどういうことなのか、という話です(即興で歌っているボノの耳元 でメロディーを口ずさんでコントロールするなど)。
 この翻訳作業において、英和辞書に載っていない言葉にかなり出くわしております。より正確に言うと、日本語としてすぐに使えそうな言葉がないことが、かなりの割合であります(30〜40%くらいでしょうか)。自分が理解しているその言葉のニュアンスと合致する日本語訳がない、ということです。翻訳を勉強した人ならば知っているとは思いますが、翻訳時には英和ではなく英英辞書を使うようにと言われますが、「英語がわからない」ということの原因の一つにこのような英和辞書の不備があるかとも思います。辞書を引いても、そこに意味が通りそうな言葉が見つからない場合、元の文章が意味不明のものに思えてしまいますね。近年Googleによるプロジェクトはじめ、機械(自動)翻訳のテクノロジーが急激に発達してきていますが、単に2か国語間で対応する語をマッピングしていくという網羅的な作業の大変さのみならず、「辞書」というものが持つ根本的な問題(デリダ的な)を解決しないうちは、なかなか使用に耐える機械翻訳は実現しないようにも思われます。
 それでは辞書にあまり載っていなさそうなミュージシャン必須の言葉を。
 「juice」:昔は日本では「ジュース」と言えば飲み物しか指しませんでしたが、最近は果汁やそして肉汁も意味するようになってきたようです。しかし、エフェクターなどのアダプタを手にしたギタリストが「juiceが欲しい」と言った場合の「juice」は「電気」の意味です。
 「rig」:ラノワの本にもかなり出てくる言葉です。「あなたのrigはどんなのですか」と聞かれたら、どんな楽器・機材を使っているかということです。辞書に載っているような「船具」や「トラック」「馬車」ではありません。
 「gig」:これは日本語として定着したのでしょうか。「演奏の仕事」のことを指します。
 今回の『ソウル・マイニング』の作業を通じて、個人的には英語理解の肝は「(過去)完了形」と「the」の理解だということを再確認しております。これがわからないといい翻訳はできないですね…。

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鈴木 koyu 浩
黒人音楽から現代音楽までの領域で活動するベース奏者でプロデューサー。バークリー音楽大学入学を機にアメリカへ。その後のシカゴ生活を含め合計6年間滞米。98年より東京で活動。日本在住の外国人ミュージシャンとの共演、ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランド等海外公演多数。これまでの演奏についてはYouTubeのチャンネルを参照のこと。ノアミュージックスクール・ベース科講師。
www.youtube.com/koyubass