音楽コラム集

【コラム】映画研究部NOAH 番外編『ロックは悪魔の音楽だった!!』

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 エルビス・プレスリーの登場以来、ロックは悪魔の音楽と良識的な人たちから批判され続けている。しかし、比喩でもなんでもなく、ロックは悪魔の音楽と決め付けられた時代があった。
 また、ロックは悪魔の音楽ですと自称した人々もいた。今回の映画研究部NOAHは番外編(という名のネタギレ)として、ロックと悪魔の甘い関係についてご案内しよう……。

☆悪魔の取引

 20世紀初頭に活躍したブルースマン、トミー・ジョンソンには一つの伝説がある。彼は、ミシシッピ州ジャクソンのとある十字路で悪魔と取引をした。その取引によってギターの腕を上げた彼は、後世に名を残すブルースマンになったというのだ。
 「十字路」というと、持ち曲のタイトルからロバート・ジョンソンと混同されやすいが、この十字路の伝説は本来、トミー・ジョンソンのものである。アウトサイダーの音楽であるブルースと、黒人の民間信仰であるヴードゥーのミステリアスなイメージが形創った逸話である。
 トミーの十字路伝説は、ボブ・ディランからエリック・クラプトン、レッド・ツェッペリンらに、自らのイメージをカリスマ的にするために引用された。ロックの持つ背徳的なムードを強めるのに、十字路伝説の悪魔は最適だったのだ。

☆悪魔のサブカルチャー

 時代は下って、1960年代。世界を席巻した平和運動は、若者たちのライフスタイルを一変させた。
 サンフランシスコを中心に、ヒッピーたちがマリファナをキメながら、伝統的な生活からの逸脱を目指した。インドの瞑想法を習ったり、日本の禅をかじったり。自己のうちにあるという宇宙と交信するためLSDを大量に摂取してチューンインしまくった。
 そんな様々な実践のひとつに、悪魔崇拝があった。特に1966年、悪魔主義者(サタニスト)、アントン・ラヴェイが創始した団体、「悪魔教会」は、現在でもアメリカのサタニスト文化の中心となっている。
 ラヴェイは、「サタン万歳!」というキリストへの冒涜ではなく、いわゆる実存主義、従来のキリスト教伝統文化の価値観にとらわれない、人間本位の生き方を選べ、と主張した。これが時代感覚にマッチしたのか、作家、芸術家、ハリウッドの金持ちなど、いわゆるヒップな連中が次々と教会に加入した。
 また、ハゲにヒゲという、どこかオリエンタルなラヴェイの風貌が神秘的なイメージを演出し、ラヴェイ自身もそのイメージをフル活用した。
 その良い例がロックバンド、イーグルスの名盤「ホテル・カリフォルニア」の裏ジャケ。ホテルのロビーを映し出した写真の2階のテラスの物陰。ハゲの人影がボーっと写っている。調査の甘いバラエティ番組で、よく心霊写真として紹介されているが、この人影は幽霊ではなく、ラヴェイである。

☆悪魔のロックンロールショー

 ラヴェイは映画、レコードなどにも力を入れ、ショービジネス界においても無視できない存在となった。こうなると、かつてのトミー・ジョンソンのように、模倣する者が続出する。
 ローリング・ストーンズは1968年、悪魔礼賛という誤解を呼んだ「悪魔を憐れむ歌」を発表。翌年、元リーダーの死、コンサート会場での殺人事件など立て続けに不幸に襲われた。
 ストーンズと比べるとだいぶかわいいが、悪魔のイメージを本格的に全面に押し出したのがブラック・サバスだ。何せバンド名が「黒い安息日」。
 デビューアルバムを1970年2月13日金曜日に発表するという凝りよう。本人たちはホラー映画をそのままロックにしたら? という中学生マインドの持ち主だったが、周到なプロモーションの結果、ガチのサタニストだと思われてしまった。
 おかげさまで、魔女団体の黒ミサへの出演を蹴ったところ、呪いをかけられてしまった。初期の写真を見るとメンバーが十字架を首からさげているが、これはこの呪いから身を守る白魔術のおまじないだった。ちなみに彼らが一番怖いと思った映画は「エクソシスト」だそうだ。素直。
 ブラック・サバスとは異なり、本物志向な男もいた。レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジその人である。来日時、ホテルの部屋を暗くして、蝋燭の灯のもとお祈りをしていた男。彼は20世紀初めに暗躍した神秘家、アレイスター・クロウリーの著作のコレクターだった。ネス湖畔(ネッシーの!)にある旧クロウリー邸を購入したほどの入れ込みよう。 ツェッペリンのアルバムは3作目から、ジャケットに錬金術的なシンボルを使うようになり、4枚目はバンド名すら載っていなかった。それに収録されている名曲「天国への階段」は、逆再生するとクロウリーへのメッセージが流れるという噂まで流れた。ツェッペリンでの巨大な成功は、悪魔との取引の結果手に入れたと言われ、ドラムのジョン・ボーナムが死んだときは、その取引が死因だと因縁をつけられた。
 今では「オカルト趣味は遊びだった」と言い訳をしているが、80年代に出したソロがまったく売れなかったのは悪魔のせいだと言いたいに違いない。

☆悪魔の没落

 悪魔がカッコよかったのは70年代半ばまでだった。「俺はアンチキリスト! 俺はアナーキスト!」と高らかに宣言したパンクロックが登場したためである。パンクはセックス・ピストルズのような風刺画みたいなバンドから、クラッシュのような政治的発言を躊躇しないバンドまで多様だった。彼らを前にすると、悪魔主義は知識人の気取りにすぎなかった。そんな逆風吹き荒れる70年代末、 ヴェノムが登場した。
 歌詞は全編悪魔。ルックスはアメコミ。音はモーターヘッドのパクリ。しかもレコードの音質は最低! という剛毅なバンドだった。サバスと比べるとずいぶんとチャイルディッシュだったが、このヴェノムがのちのスラッシュメタルの元祖となるのだから、世の中はわからんものである。
 パンクを通過した世代であるメタリカやスレイヤーは、ヴェノムからの影響を明言。バンドのスタイルが明確になるにつれ、悪魔主義は消えていった。後続のデスメタル・ブームもハードコアパンクの影響が強く、音の重さの割にはジャージにコンバースという軽装スタイルだったため、メタル原理主義者には嫌われた。

☆悪魔の惨劇

 そのメタル原理主義者は、では、どこにいたか? ノルウェーである。ノルウェーはキリスト教国家。人口の90%がクリスチャンの超福祉国家で、若者たちは、キリスト教以前の北欧の神、オーディンを讃えることを密かな反抗としていた。
 バソリーなどのメタルバンドは、オーディン信仰を掲げ、人気を博した。彼らもヴェノムの影響を受けていた。後続の若者たちは、悪魔主義、オーディン信仰、反キリストの洗礼を受け、より白人至上主義的な危ない思想を持つようになる。
 この馬鹿正直な若者たちが組んだバンドが、90年代初頭にブラックメタルと呼ばれる一派を形成する。この一派は、死人のようなペイントを顔面に施し、単音の速弾きリフとブラストビートで、キリスト教への憎悪を音にした。
 指導的存在だったのが、メイヘムのリーダー、ユーロニモス。彼はインナーサークルという仲間内グループを旗揚げ。が、その一員であるバーズムのヴァーグ・ヴァイカーネスが独自の神秘主義を遂行するため、教会に放火するという事件がおこる。この放火が英雄的行為だと仲間内で称えられ、模倣犯が続出。教会への放火、墓荒らしなどがサークル内で流行してしまう。それならまだしも、メンバーが同性愛者を刺殺する事件まで起こり、インナーサークルは完全にネオナチと同じような反社会的集団とみなされた。
 焦るユーロニモスだったが、主導権争いの結果、ヴァーグに刺殺されてしまった。警察が乗り出し、グループは雲散霧消した。インナーサークルのメンバーは10代後半から20代前半の若者ばかりだった。若さゆえの暴走で、悪魔主義に陶酔した挙句、結局は自身が悪魔そのものになってしまったのだ。ブラックメタルはその後、オーディン信仰に立ち返り、北欧の土着文化と融合したヴァイキングメタルへと変化していった。
 その後、ロックにおける悪魔のイメージは、ゼロ年代のマリリン・マンソンやスリップノットへと引き継がれた。だが、近年のホラー映画がそうであるように、ロックにおいても、恐怖の対象は反キリストから日常に潜む人間の狂気へと変わっていった。
 悪魔が身を潜めていく中で、クリスチャンメタルという一派も現れている。聖書の教えをメタルに乗せて信徒にお届け、ライブでは聖書を配布するのだ。こうなると、いろんな意味でロックに不可能はないと考えさせられる。

(NOAHBOOK ��橋真吾)

悪魔の声が聞こえる!(かもしれない)名盤

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トミー・ジョンソン「ビッグロード・ブルース」
(Pヴァイン・レコード)

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イーグルス「ホテル・カリファルニア」
(ワーナーミュージック・ジャパン)

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ブラック・サバス「黒い安息日」
(USMジャパン)

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レッド・ツェッペリン「�W」
(ワーナーミュージック・ジャパン)

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ヴェノム「ブラックメタル」
(USMジャパン)

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メイヘム「狂魔密儀」
(ディスクユニオン)

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Stryper「In God We Trust 」
(Hollywood Records)