音楽コラム集

【コラム】映画研究部NOAH 第12回『犬神家の一族』

  昭和22年、信州の製薬王と言われ、犬神財閥を率いた犬神佐兵衛翁が没する。その遺言書は3人の家督を次ぐ資格のある孫、佐清、佐武、佐智が全員揃わぬ限り開封されないという厳命があった。
 佐清は戦場から帰らぬまま、消息不明だった。佐兵衛の死から8ヵ月後、犬神家顧問弁護士の助手、若林から探偵の金田一の元へ「犬神家の遺言に重大な問題がある」と仕事の依頼が来る。
 ところが、金田一が信州に着くなり若林は変死。時を同じくして、佐清が帰ってくる。しかも、戦場で傷ついたという彼の顔は、無表情なゴムマスクに隠されていた。金田一は若林の上司に請われ、遺言状の開封に立ち会う。遂に公開された遺言は、犬神家への「過去からの復讐」とも言うべき恐ろしいものであった!

横溝正史と金田一耕助

 横溝正史は、1902年生まれ。戦前は主に編集の仕事をしていたが、戦後、本格的な作家活動に入る。横溝は、江戸川乱歩が書くような不条理な都市の犯罪ではなく、地方に伝わる古い因習、伝承を、人間を犯罪へと駆り立てる情念と絡めた作風で人気を得た。主人公は、ぼさぼさの頭にフェルト帽をかぶり、ヨレヨレの袴を履いて、下駄で走りまわる金田一耕助という一見、冴えない男。変装もしなければ、超人的な知力で悪人と戦ったりもしないが、人間観察に優れており、犯罪の真相を暴く。
 金田一は、1946年旧家を舞台にした密室殺人をめぐる「本陣殺人事件」で初登場。数作を経て、1951年に「犬神家の一族」の連載が始まる。遺産をめぐる連続殺人、家族の絆、待ち続ける恋人のエピソードが絶妙にブレンドされたこの作品は金田一シリーズの中でも1、2を争う人気作となった。
 そして1968年には、少年マガジン誌上で金田一耕助シリーズの「八つ墓村」漫画版の連載が始まった。これを契機に横溝作品の文庫化が角川書店によって進められ、新しい読者層を獲得。横溝正史ブームが起こった。
 当時、角川書店で編集をしていた角川春樹は、このブームの仕上げとして映画化を企画。選ばれた作品は「八つ墓村」だった。同作には昭和11年岡山県で起こった「津山30人殺し」にヒントを得た凄絶な殺人描写がある。忠実に映画化すればかなりの話題を呼ぶことは確実だった。この映画化権は松竹が獲得した。ところが、制作進行が遅れに遅れてしまった。業を煮やした角川は、時機を逃さないよう「八つ墓村」の完成を待たずして、自身がプロデューサーとなり東宝配給で「犬神家の一族」の映画化を発表した。

映画「犬神家の一族」

 角川の号令のもと集められたスタッフ、キャストは豪華な顔ぶれとなった。監督は「炎上」など日本的な美意識と洗練された作風に定評のあった市川崑。主演は石坂浩二。周りを固めるのは名女優、高峰三枝子。ほかに小沢栄太郎といった日本映画黄金期の名俳優を筆頭に、あおい輝彦、島田陽子といった新人、大滝秀治、三木のり平などの名脇役までそろい踏みした。各俳優たちの名演はフィルムの隅々にまで刻まれ、何度見返してもこれだけ飽きない映画はそうないと言える仕上がりとなった。
 とくに石坂は、邦画史上7人目の金田一耕助であったが、原作通りの金田一像でスクリーンに登場したのは意外にも彼が初めてであった。それまでの金田一はスーツ姿であったり、ジーパンを履いたヒッピー風であったりした。また、市川曰く「(金田一の)さわやかな孤独性と透明な客観性」を体現し、まさに石坂の当たり役となった。「犬神家の一族」は1976年度興行収入邦画部門では「続・人間革命」に次いで第2位となる15億円を稼ぎ出した。
 遅れて1977年、先に製作が始まっていた松竹の「八つ墓村」が公開された。虐殺シーンも忠実に映像化された。山崎努演じる殺人鬼が、散弾銃を背負って日本刀をかざし、2本の懐中電灯を頭にくくって走り回る。その姿には「タクシー・ドライバー」のデ・ニーロ以上の狂気があった。
 映画は原作とは異なり、昭和20年代ではなく現代に舞台を設定。言い伝えを利用した犯罪ではなく「モノホンの祟り」とした。結果、ホラー映画となった。このとき金田一を演じたのは「男はつらいよ」の渥美清。人々は思った。この人なつこい顔…彼はどう見ても金田一というよりは…寅さんじゃないかと。
 一方、市川崑と石坂浩二の金田一耕助はシリーズ化される。「悪魔の手毬唄」、「獄門島」、「女王蜂」、「病院坂の首縊りの家」と、ほぼ半年に1本のペースで全5作品続いた。また、同時期に東映でも3本、古谷一行、西田敏行、鹿賀丈史それぞれの主演で金田一映画が作られた。
 時代は下って1996年。市川崑はふたたび金田一耕助作品のメガホンを撮る。作品はなんとかつて松竹で製作された「八つ墓村」。金田一には豊川悦司。犯行の動機は原作通りで、1977年版にあったようなホラー風味は薄れた。件の殺戮シーンは性格俳優、岸部一徳が演じた。2006年、これまた市川自身の手により「犬神家の一族」がリメイクされた。しかも主演は石坂浩二である。市川崑は「本陣殺人事件」の映画化にも意欲を見せていたが、残念ながら本作公開後、逝去。このリメイク作が遺作となった。
 2006年版のプロデューサー、一瀬隆重はJホラーの仕掛け人として有名だ。彼は映画人生で最も影響を受けた映画に「犬神家の一族」をあげる。また、映画監督の岩井俊二も2006年版のメイキングを取材したドキュメンタリーを撮っている。彼もまた市川崑と同作からの影響を公言する。庵野秀明は自身の作品「新世紀エヴァンゲリオン」で、タイトルバックの印象的な明朝体の活字を採用。エピソードタイトルや、劇中の演出に多用。さらには、脚を上に向けて湖面に浮かぶ死体へのオマージュを捧げるシーンを作っている。
 「犬神家の一族」は、現在進行形で活躍するクリエイターに大きな影響を与えている。もしあなたが何かを創りだす仕事をしているならば、ぜひ観て欲しい。必ず何か刺激を受けられるはずだ。

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<作品データ>
「犬神家の一族」(1976年 角川春樹事務所/東宝)
監督:市川崑 原作:横溝正史
音楽:大野雄二 製作:角川春樹
出演:石坂浩二 島田陽子 あおい輝彦 高峰三枝子

70年代の大野雄二

 「犬神家の一族」の音楽を担当したのは大野雄二。独学でジャズを学び、慶応大学在学中(石坂浩二とは同級生だった)にプレイヤーとしての頭角を現し、のちにプロデビュー。本人の弁によれば、当初はプレイヤーとして活動していたため、作曲にはあまり興味がなかったという。しかし、程なく知人の紹介からCM音楽を手がけるようになる。明治製菓、大正製薬、ロッテのCMに、印象的なメロディを提供。次々とクライアントがつくようになり、寝る間もないほど多忙になった。これらの仕事は大野の音楽性を飛躍的に拡大させた。様々な要求に対応できる知識を深めるため、世界各国の音楽を吸収していったのである。また秒単位の発注にも応えられる職業作曲家としても研鑽を積んだ。大野個人としては、クインシー・ジョーンズやスティーヴィー・ワンダーを好んだそうだ。
 「犬神家の一族」は、大野が手掛けた初めての映画音楽だった。にもかかわらず、当時の通常の映画音楽に組まれる予算の3倍を費やして完成した音楽は、その時点での大野音楽の集大成といっていいものだった。
 しかし、市川崑は現代的なサウンドに困惑。いくつかの音楽は作りなおされた。生明慶二(今号のインタビューに登場)によるダルシマーの音色を全面に押し出したエキゾチックなテーマ曲「愛のバラード」は、市川の意向に沿って大胆な編集を加えられて、映画のタイトルバックに使用された。原曲は長いイントロがあるため、タイトル曲として使用するためのやむを得ない編集だった。信州の緑、湖、旧家の塀、古風な街並みには、大野節とも言える特徴的な哀愁を帯びたアレンジのストリングスを使用。さらに、シンセサイザーやエフェクトをかけたエレクトリックピアノの音色が事件の緊張感を高めた。
 大野は、角川映画に続けて参加し、「人間の証明」、「野生の証明」と手がける。そして忘れてはいけないのが、松田優作主演の「最も危険な遊戯」、「殺人遊戯」、「処刑遊戯」の3本の映画。ブラック コンテンポラリーからの影響が強く出た作品だが、松田優作の持つそれまでにないアンチヒーロー像にマッチした仕事だった。
 とくに人気を獲得した仕事といえば、やはり「ルパン三世」だろう。大野自身、ルパン三世というキャラクターを大いに気に入り、世界各国をまたにかけて活躍する設定は、それまでの経験を大いに活かせるという確信があった。当時のフュージョンシーンで活躍するプレイヤーを集め、ユー&エクスプロージョンバンド名義でサントラを製作。インパクトを重視し、凝りすぎずに作ったというテーマ曲は、世代を越えて人気を獲得するキラー・チューンとなった。

(NOAHBOOK 高橋”スケキヨ”真吾)