音楽コラム集

【コラム】映画と音楽 第11回「ダリオ・アルジェントとゴブリン」

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 現在では、ホラー映画にロックが流れるのはおかしいことではない。しかし、ロックの誕生から恐怖演出に応用されるまでには時間がかかった。1950〜60年代の映画音楽では、まだまだフルオーケストラによる演奏が主流。ショック、サスペンス演出には、せいぜい現代音楽的な手法を取り入れるにとどまった。ジャズのクールな緊張感を取り入れた映画は徐々に増えていたが、ロックンロールにはショック、サスペンス演出に必要なコケ脅し、ハッタリが足りなかった。

プログレッシブロックの台頭

 1960年代後半、後期ビートルズの実験精神に多大なる影響を受け、新しい音を模索する試みが、プログレッシブ・ロックという流れを生んだ。1967年から1970年までの間に、ピンク・フロイド、キング・クリムゾン、イエスといったバンドが次々とデビュー。ジャズ、現代音楽、クラシックと各々が得意とするジャンルをロックに取り込み、それぞれの音を発信した。それまでのロックにはない緊張感、スケールの大きさ、言い換えればコケ脅し、ハッタリをプログレは体現した。
 中でも大物感満載だったのが、キース・エマーソン率いるエマーソン・レイク&パーマーだ。このEL&Pの音楽性は、クラシック的なテーマをジャズのテクニックとロックの衝動で演奏するという欲張りなもの。難解なようでいて実はわかりやすいスタイルは世界中で人気を獲得。とくに大ウケだったのがイタリアで、プログレバンドが次々と結成された。
 そんなミュージシャンの中にクラウディオ・シモネッティというキーボーディストと、マッシモ・モランテというギタリストがいた。彼らは1972年ごろ、オリバーというEL&Pタイプのプログレバンドを結成。成功を夢見て渡英したものの、1年で帰国。イタリアのチネボックスレコードと契約し、映画のサントラを演奏するバンドとして活動を再開した。会社の意向で、バンド名はチェリーファイブに変更された。映画仕事の傍ら、初のオリジナルアルバム制作も行うが、リリース直前に作業は頓挫する。ダリオ・アルジェントという映画監督から急遽、仕事の依頼が入ったためだ。


アルジェント現る

 ダリオ・アルジェントは映画評論家、シナリオライターを経験し、監督業に進出。ジャーロと呼ばれる猟奇サスペンスを得意とし、トリックや推理よりも、インパクト、映像の鮮烈さ、ショック描写に力を入れるタイプの作家だ。1975年に公開のジャーロ 「Profondo Rosso」制作中のこと、彼は作曲家が書いたスコアのジャズ的なアレンジが気に入らず、別のミュージシャンにアレンジを頼むことにする。もともとEL&Pのファンである彼は、紹介で耳にしたチェリーファイブのデモテープが気に入り、チェリーファイブは、音楽担当として仕事を依頼された。そのため前任の作曲家は降板。その後、新曲を合わせてサントラを製作。アルペジオと、チャーチオルガン、リズムセクションが共演するインパクト抜群のタイトル曲は、3日間で練り上げられ、早々と録音された。
 アルジェントにしては珍しく(?)よく練られたオチの衝撃さと相まって、映画もサントラLPも大ヒット。LPリリースにあたってはアルジェントの提案でバンド名をゴブリンと改めた。
 「Profondo Rosso」は、アルジェントとゴブリンの世界進出の足がかりとなった。ゴブリンは、映画で使用された曲を演奏するツアーを成功させ、勢いに乗ってオリジナルアルバム「ローラー」を発表するが、こちらは売れなかった。リリースが遅れたチェリーファイブ名義のアルバムも、「Profondo Rosso」のヒットの陰に隠れてしまった。自作の不評はメンバーを大いに落胆させ、「映画仕事で食っていこう」と決意するきっかけともなった。

究極のホラー音楽「サスペリア」

 「Profondo Rosso」の2年後、アルジントは自身初のホラー映画「サスペリア」の製作にあたって、再びゴブリンを招集する。「サスペリア」はドイツの名門バレエ学校に留学したアメリカ人の少女が、学校の影に潜む魔女の恐怖に脅かされる物語である。
 アルジェントは中世の魔術を連想させるような音楽を欲しがり、実際に古典音楽をいろいろと調査していた。その折、チネボックスのスタッフが、ラテン語の題がついた古いメロディーを見つけた。その題を訳すと「木の上の3人の魔女」という意味だった。「魔女」という共通点を持つ発見に驚いたアルジェントとゴブリンは、そのメロディーを採用。タイトル曲の製作に入った。オルゴールのような音色でアレンジを加え、ブズーキ、タブラなどの民俗楽器、変調させたささやき声などを使った音響処理などで彩っていく。そして、中間部に爆発するかのようなワンコードの即興パートを加えて完成。ホラー映画とロックが見事に結びついた瞬間だった。
 ほかにも独創的な工夫が凝らされた。サンプラーの元祖と呼ばれる電子楽器、メロトロンにチャーチオルガンの音を録音。教会までいかなくとも、スタジオで自在にチャーチオルガンの音色をコントロールできるようにした。この音はタイトル曲の即興パートや、数々のショックシーンで効果的に使用されている。また、手弾きのアレンジではなく、コンピュータ制御によるシンセサイザーとの同期演奏も披露している。数々の音響処理によりコケ脅し感も倍増。ティンパニの連打にディレイをかけて、うめき声をかぶせるといった悪趣味なアレンジも、ここでは功を奏している。アルジェントの原色を多用する異様な色彩感覚と、中世から残る魔女、魔術というコンセプトと一体になったゴブリンの音楽は観客の耳にいい意味でのトラウマを残した。「サスペリア」は世界各国で大ヒット。1970年代のホラー映画を語るときは、避けて通れない作品となった。サントラLPはイタリアに次いで日本でも好セールスを記録。現在でも定番商品としてレコード店に並んでいる。

世界市場の運と不運

 「サスペリア」の世界的ヒットに気を良くしたアルジェントは、プロデューサー業に乗り出す。アルジェントは資金を集め、ジョージ・A・ロメロ監督作「ゾンビ」をアメリカで製作した。音楽はもちろん、ゴブリン。世界配給があらかじめ決まっていることもあり、実験的ではないが軽快なハードロックサウンドに仕上げた。「ゾンビ」は複数の編集違いのバージョンがあることで有名だが、イタリア公開版はアクションを強調、ゴブリンの音楽を全面に押し出している。対照的に、米国公開版では主人公たちの心理に重点が置かれた。この編集では、ロメロの意向でゴブリンの音楽はアーカイブ音源に差し替えられ、一部のアクションシーンでしか採用されなかった。日本での初公開はイタリア版だったが、ビデオソフトは米国版だったので、日本のファンは未公開シーンを見られる喜びと、ゴブリンが聴けない不満で不完全燃焼に陥った。
 世界市場に移ったことで、アルジェントとゴブリンの蜜月は当分続くかと思われた。しかし、相次ぐメンバー交代に活動が停滞してしまう。1980年にアルジェントは再び世界市場に向け、アメリカ資本で監督作「インフェルノ」を製作。ゴブリンではなくEL&Pを解散させたばかりのキース・エマーソンを起用。エマーソンは健闘したが、映画そのものは不振に終わった。アルジェントは以降、「シャドー」、「フェノミナ」と立て続けに作品を発表。再びゴブリンとタッグを組むが、後者ではアイアン・メイデンやモーターヘッドを挿入曲として使用するなど、音楽の使い方に意識の変化が見られた。

その後のアルジェントとゴブリン

 アルジェントは現在もマイペースで映画を作り続けている。80年代後半以降は精彩を欠く作品が目立つが、熱狂的なファンは多い。2001年には「スリープレス」で久しぶりにゴブリンと組む。ゴブリンはここ数年、CDの再発が活発となり、周辺がにわかに盛り上がる。そして満を持して2009年に32年ぶりのライブ演奏ツアーを敢行。続く2010年もヨーロッパを中心にロックフェスに出演して存在感をアピールした。アルジェントもゴブリンも、今となってはもう「サスペリア」のような作品は作れないだろう。しかし、タランティーノやイーライ・ロスなど彼らへのリスペクトを隠さない次世代の監督も多い。
 「サスペリア」の不条理な世界にぜひ触れてみて欲しい。ただし、「決してひとりでは見ないでください…」

(NOAHBOOK:高橋真吾)

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