音楽コラム集

【コラム】 映画と音楽 第8回「禁断の惑星」

☆SF時代の幕開け

 1947年、アメリカで世界初のUFO目撃事件が話題となり、人々の関心は空へと向けられた。空を飛ぶ宇宙からやってきた謎の物体、それは冷戦下の核の恐怖の裏返しであったが、来るべき宇宙時代への憧れもそこにはこめられていた。それと呼応するかのようにSF文学も成熟期に入り、クラークやハインライン、P・K・ディックといった現在でも読み継がれている作家たちの作品が次々と発表された。
 1950年代に入ると映画の世界でもSFブームが本格的に始まり、特殊技術に予算をかけたものから、どうしようもなく安っぽいものまで数多くのSF/ホラー映画が製作され、まさに黄金時代と呼ぶべき様相を呈していた。

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☆SF大作「禁断の惑星」

 1956年MGM社製作のSF映画「禁断の惑星」は、50年代のSF映画を語る際には必ず引き合いに出される作品だ。シェークスピアの「テンペスト」を下敷きに、宇宙間を航行する探検隊が惑星アルテアで遭遇する危機を、50年代当時の最新の特殊技術と美術で描いた傑作である。
 実体を持たない怪物の作画合成には、デ
ィズニープロが協力したことも話題を呼んだ。多くの予算が視覚効果につぎ込まれたために、出演者のギャラに予算を割けず、無名俳優の起用が目立った。
 主役は当時まだ駆け出しだったレスリー・ニールセンが演じた。彼は30年後、「裸の銃を持つ男」シリーズをヒットさせ、日本でも有名になる。また、ポスターなどに必ず使用されるロボット「ロビー」は新人俳優と同等に扱われ、実際に何本かの映画やテレビドラマにゲスト出演を果たし、そのレトロフューチャーなルックスから現在でもフィギュアが販売されているほどの人気を獲得した。
 この映画を紹介する際は、やはり視覚効果に触れた話題が多くなるが、実は音楽、音響面で大変な話題を呼んだ作品でもある。しかし、この映画にはクレジット上では「音楽」担当がいない。その代わり”Electric tonalities”「電子調性」という表記が登場する。そこで紹介されているのがルイスとビーブのバロン夫妻である。

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☆知られざるパイオニア、ルイスとビープ

 バロン夫妻については、海外ではシンセサイザーやサンプラーが存在しない時代の電子音楽のパイオニアという評価が定着しつつあるが、日本ではおそらく「禁断の惑星」を観た人以外にはほとんど知られていないのではないだろうか。
 ルイス・バロンは、若いころから電子工作に興味を持つ一方で、シカゴ大学で音楽を専攻。ビーブは、ミネアポリス出身で複数の音楽家の下に師事していた。世間がUFOの話題でもちきりであった1947年、ルイスとビーブは結婚、ニューヨークに居を定める。結婚祝いに当時の最新式のテープレコーダーをいとこからプレゼントされた2人は、磁気テープに録音された音を編集して、一つの作品として完成させるミュージック・コンクレートという手法の研究に没頭する。
 1948年、マサチューセッツ工科大学の数学者ノーバート・ウィーナーが、生物と機械の関係を通信、制御に重点を置いて統合的に理論化・体系化した著作「サイバネティクス」を発表する。
 現在の科学技術にも応用されるこの本から強い示唆を得たルイスは、著作の中に示された方程式をもとに特異な電子音を発生させる電子回路を考案した。この回路は、現在ではシンセサイザーなどに搭載されているリング・モジュレーターと同じ働きをするものだった。
 彼はこの回路を利用した装置を使って磁気テープに基本となる音を録音、その後さまざまな音をダビングしていき、音の遅延(ディレイ)、残響(リヴァーブ)、逆再生、再生速度の変調などの効果を加えていった。ときにはミュージック・コンクレートのようにテープそのものをハサミで切ってつなげるという編集を行った。
 このような「作曲」はたいへん時間がかかり、忍耐力を必要とする作業であったが、その作業の結果はアメリカで初めて磁気テープに録音された電子音楽となった。オーケストラの演奏を念頭に置かない、一度録音したテープの中にしか存在しない音楽を作り出すという考え方は、当時はかなり斬新で先鋭的な表現だったと言えるだろう。
 たとえば、中後期ビートルズがポップ音楽という分野に身を置きながら、レコーディングスタジオでの実験の結果として、ライブでは再現不可能な作品を次々とアルバムに収録した。そのことで、のちのプログレッシブロックを筆頭に多くのフォロワーを生み出したことを思い出してみるとよい。
 バロン夫妻の音楽は多くの前衛音楽家たちの耳を捉え、1950年代初頭にはジョン・ケージとのプロジェクトや、いくつかの実験映画に提供する音楽の製作に従事した。ところが、経済的な理由から彼らはハリウッドでの仕事の獲得に意欲を見せ始める。

☆「禁断の惑星」に参加

 1955年のクリスマス、MGMの映画プロデューサー、ドール・スカリーは休暇で家族とともにニューヨークに滞在していた。彼はニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジにある先鋭的なアーティストが出演するナイトクラブに出かけ、バロン夫妻の音楽を知り、次に準備していた作品、「禁断の惑星」の音楽のためのオファーを出した。バロン夫妻は早速スタジオに入り、MGMの大作映画のために作業を開始した。
 「禁断の惑星」の冒頭、MGMの有名なライオンマークが消えると同時に聞こえてくるのは、「ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ」という下降する奇怪な電子音である。
 Forbidden Planetというタイトルが宇宙をバックに画面に現れると同時にその電子音も変化していき、さまざまな音のコラージュが続く。これは音楽なのかと当時の観客は面食らったに違いない。
 自然音以外の音響効果のすべてにもバロン夫妻の音が使用され、ロビーの運転するジープの駆動音、古代文明の原子炉、モノレール、宇宙船の航行音などに独特な電子音が充てられた。結果、「禁断の惑星」は、世界で初めて電子音楽を全面的に導入したメジャー大作となった。
 電子音楽黎明期の代表的な楽器といえばテルミンがまず上げられるが、ヒッチコックの「白い恐怖」、ロバートワイズの「地球の静止する日」で効果音的にオーケストラと共演している程度で、電子楽器のみでのサウンドトラックの製作は、「禁断の惑星」が初めてだった。

☆「音楽」とみなされなかった「音楽」

 バロン夫妻の仕事は後のキャリアを激変させる絶好のチャンスとなるはずであったが、「音楽担当」というクレジットを与えられなかったためにオスカー候補からは外され、伝統的な音楽家の多い音楽家組合の規則が障害となり、仕事がまわってくることはなかった。また、映画の公開に合わせてサウンドトラックレコードが発売されることもなかった。
 ところが同年、デヴィッド・ローズという作曲家が、「禁断の惑星」のタイトルでシングル盤をリリースした。ローズは「禁断の惑星」の音楽を担当すべく契約を結びながら、バロン夫妻のオファーに伴って解雇された経緯があり、そのシングル盤は彼が「禁断の惑星」のテーマ曲として準備していた曲を収録したものであった。MGMがサントラ盤のリリースを決めなかったのは、電子音楽というものがまだ前衛的なものであったため、レコード商品としてヒットを狙うには難しいという判断があったのだろう。
 結局、バロン夫妻のオリジナルであるサウンドトラックがリリースされたのは1976年。すでに公開から20年が経っていた。

☆その後のルイスとビープ

 バロン夫妻はその後も仕事の機会に恵まれなかった。当初は革新的であったその音楽も、1960年代のシンセサイザーの登場が電子音楽の急速な発展を促したことで、途端に古臭いものとなってしまった。
 1970年に2人は離婚したが、その後も音楽の共同制作はルイスが亡くなる1989年まで続いた。ビーブはその後10年間、作曲作業をすることはなかったが、1999年、サンタ・バーバラのカリフォルニア大学に招かれ、コンピューターによる音声生成システムを用いて、作品”Mixed Emotions”を完成させた。
 バロン夫妻のキャリアは不遇であった。「禁断の惑星」のサウンドトラックは、現代の人々にはレトロフューチャーとして古めかしく聴こえるのも確かだ。しかし、人間と機械の交信の記録とも言える2人の作り出した音には、現代の電子音楽にも脈々と受け継がれ、実験精神が確かに息づいている。

(NOAH BOOK ��橋真吾)

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<サントラCD>
ルイスとビーブが製作した音源を可能な限り収録したアルバム。
国内盤は既に廃盤、GNP Crescendo Recordsより発売されている
輸入盤がアマゾンなどで入手可能。

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<作品データ>
「禁断の惑星」”Forbidden Planet”
(1956年 アメリカ:MGM映画)
監督:フレッド・マクラウド・ウィルコックス
製作:ニコラス・ネイファック
脚本:シリル・ヒューム
音楽:ルイス&ビーブ・バロン
出演:ウォルター・ピジョン、アン・フランシス
   レスリー・ニールセン